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2008年1月16日水曜日

理解と暗記 マスターとは?


・それらを反復してマスターする(マスターとは理解と記憶とがほどよくミックスされた状態。反復しないとマスターできない。反復不足でおちるパターンが最も多い。)

荒川 英輔 著『医学部再受験 成功する人・ダメな人』より

 別に、言葉をどう定義するかというのはその人の勝手だと思いますが、このように「マスターとは理解と記憶とがほどよくミックスされた状態」などと決めても具体的に何をすればよいのか見えてきませんので、この言葉の定義は全く無意味です。

 「マスターとは理解と記憶とがほどよくミックスされた状態」となっていますが、これは結局、「入試が終わってみたら、理解できている部分と、単に暗記している部分とがあった」というだけの話であって、第三者である私たちにはなんら有益な情報をもたらしません。

 個人的には、理解とは暗記の一形態であって、他の情報と結びつけることができた記憶を「理解」、そうでない記憶を「暗記」と呼んでいるのではないかと思います。

 ですから、「『何かを理解できる』というのは単にそれに関係する情報が頭の中に入っていたというだけであり、逆に、『何かを理解できない』というのは単にそれに関係する情報が頭の中に入っていなかったというだけである」ということができます。

 つまり、他の人が理解できないことを理解できるからといって優越感に浸るのは愚かなことですし、また逆に、他の人が理解できることを理解できないからといって劣等感を感じる必要はないのです。「理解できるかできないか」というのは才能の違いではなく、単に「同じような人生経験をしているかしていないか」ということの違いに過ぎないからです。


 問題集の「マスター」の話に戻ると、結局、「その知識を習得しているか否か」をはかるには問題を解くしかないと思われます。他のページでも述べてあるように、エビングハウスによると「短期記憶は1ヶ月ほどで失われる」ということですから、これを逆手にとり、「1ヶ月たっても覚えていたら、長期記憶になっている」つまり、「解答を見てから1ヶ月経過した後、その問題が解けたらマスターした」とみなして良いでしょう。

 ただし、「1ヶ月」というのはあくまでも理論値であり、すべての人にこれがふさわしいとは限りません。その場合は「1ヶ月」という期間にとらわれず、自分にあった復習の間隔をみつけることが大切でしょう。

 個人的には1ヶ月では少し早いと感じたため、2ヶ月くらい間をあけていました。これはおそらく、入試の問題というものが、エビングハウスの実験で使われた「無意味な文字の羅列」ではなく、ある程度意味をもつものであるからではないかと思います。ちなみに3ヶ月たつと、「もう少し早めに復習しておいたほうがいいな」と感じました。

(大学受験 攻略 勉強法)

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和田秀樹 著 『受験は要領』について
和田秀樹さんの著作である『受験は要領』についての考察です。